迷走神経刺激カテーテル開発 ~九州大学×ニューロシューティカルズ~2018-12-29T15:17:54+00:00

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心不全は一度発症すると一部の進行ガンと同程度に予後不良な疾患です。また、日本を含む先進諸国では、心不全患者が急増する「心不全パンデミック」の到来が大きな社会・健康問題となっています。心不全の主な原因の一つが心筋梗塞であり、虚血(組織に対する血液供給が不十分になること)による心筋ダメージはその後の心不全を引き起こします。現在の心筋梗塞治療は、カテーテルによる再灌流療法が最優先ですが、同治療と併用し迷走神経を電気的に活性化させることで心筋ダメージが著明に抑えられることが近年明らかになってきました。AMED先端計測事業のご支援を受け、私たちはこの治療技術を臨床応用するプロジェクトをニューロシューティカルズ社とともに進めてまいりました。循環器疾患治療の新たなオプションとして高いポテンシャルをもつ迷走神経刺激や私達の開発しているカテーテルのことをより多くの方に知っていただくために本ページで情報発信をしていきたいと思います。

先人や自分達が一つづつ積み重ねてきた基礎研究の結果を大切にしながら、一人でも多くの患者さんを救うデバイス開発をめざして、今後も研究や開発を進めていきたいと思います。

研究代表 朔 啓太

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迷走神経は第10番脳神経であり、脳幹部から直接、胸腹部を走行し支配臓器の機能調節を行なっています。迷走神経刺激は電子的に副交感神経活動を賦活化させる自律神経介入治療です。迷走神経に電気刺激を行った報告は、1883年から存在し、動物実験において求心路を介した中枢神経系への影響や遠心路を介した心臓、腹部臓器への影響が検討されてきました。当初から特に注目されたターゲットは中枢神経系で、Zabaraらが動物実験で、てんかん発作の抑制効果を報告し、臨床応用が始まりました。頚部迷走神経を刺激する電極とペースメーカーに似たジェネレーターからなる植え込み型デバイス(1)は1994年にヨーロッパで、1997年に米国でてんかん治療機器として承認され、うつ病やアルツハイマー病、治療抵抗性頭痛など多くの神経系疾患においても効果を認めることが報告されています。

さまざまな循環器疾患に効果を示すことは後述しますが、そのメカニズムの研究も多方面から検証されてきました(2)。求心路を介した作用では、交感神経抑制作用や視床下部に働きバゾプレシンを抑制する作用が報告されています。遠心路を介した作用は非常に多面的です。迷走神経刺激はコリン作動性神経節からアセチルコリン放出を促進させます。アセチルコリンがムスカリン受容体に作用することで心拍数の低下、NOシグナルの正常化、左室におけるノルエピネフリン産生の抑制や活性酸素産生の低下などの効果が発揮されます。また、ニコチン受容体(とくにマクロファージ)への作用は炎症性サイトカインの産生を抑制します。これは、Cholinergic anti-inflammatory pathwayと呼ばれます。

1: Cyberonics社HP
2: 朔 啓太, 鎌田 和宏, 井手 友美: 循環器病における迷走神経刺激治療の可能性. 臨床医のための循環器診療. No. 25, 2016

急性心筋梗塞は慢性心不全の主要な原因疾患です。心筋梗塞で形成された壊死巣は、その後の心臓リモデリングを引き起こし、最終的に心不全に至ります。この視点から、急性期の心筋壊死を減少させることは遠隔期の心不全抑制につながります。

現在の心筋梗塞治療は早期再灌流療法が第一とされています。再灌流療法に併用し、心筋梗塞時の心筋ダメージを縮小するさまざまな薬剤が提案されてきましたが、臨床に普及しているものはほとんどありません。これは、複雑な心筋梗塞の病態において、単一の病態生理や分子機序に介入しても臨床において明らかな有効性を得ることは非常に難しいことが示唆されています。

基礎実験において迷走神経刺激の心筋梗塞への有効性を示した報告は多く存在します。上村らは、ウサギを用いた実験で、心筋梗塞急性期から3日間の迷走神経刺激を行うことで、梗塞サイズの著明な低減と慢性期心臓リモデリングの抑制が得られることや左室への炎症細胞浸潤が減少することを示しました(3)。また、Calvilloらは、心筋梗塞(虚血再灌流モデルラット)の急性期のみに迷走神経刺激を行うことで心筋梗塞範囲が著明に減少すること、その効果の半分以上が心拍数非依存であること、さらにα7-nAch受容体を介した抗炎症および抗アポトーシス作用が主要な効果メカニズムであることを報告しています(4)。さまざまな研究者が、心筋虚血再灌流モデル動物を用いて、迷走神経刺激が多面的な機序を介して梗塞サイズを縮小することを繰り返し証明しています。

心筋梗塞に対して多面的な機序から強力な心筋ダメージ低減効果を持つことが迷走神経刺激の特徴です。

循環器疾患に対しての迷走神経電気刺激治療は、基礎研究において心筋梗塞に有効であることは報告されていましたが、心筋梗塞急性期に安定して迷走神経を刺激できるデバイスは存在しません。このアンメットニーズを解決するために「心筋梗塞急性期治療において、再灌流療法の手技を邪魔することなく、安定して迷走神経を刺激するデバイスを開発する」ことが私達の課題となりました。

当初、侵襲性を考慮して磁気により頚部外側から迷走神経を刺激する試みを行いましたが、臨床試験にて他の神経や筋肉への影響が強く出たために、実用化は難しいと判断しました(5)。解剖を見直すと上大静脈と気管に挟まれる形で迷走神経はほぼ直線的に走行していたことから犬を用いた実験で既存の電気刺激カテーテルを上大静脈に留置し電気刺激を行うと、迷走神経が活性化したことを示す著明な徐脈が誘発できることを証明しました。さらに、私たちがこれまでに開発してきた犬心筋梗塞モデルを用い、心筋梗塞急性期に同カテーテルで刺激を行うと著明な心筋ダメージの抑制と遠隔期の心機能低下や心不全が抑制されることが証明されました(6)。

AMED先端計測事業の支援を受け、平成28年下半期より、臨床応用を目的としたカテーテルデバイスの開発をニューロシューティカルズ社とともに開始しました。先端の単電極構造であったものを、留置性、刺激安定性および刺激部位選択性などを考慮し、多電極配置のバスケット構造にしました。また、より有効な電気刺激を行うために、生体制御技術を駆使した最適刺激アルゴリズムを作成し、同アルゴリズムを搭載した刺激装置開発を行っております。

※ 開発機器についてのお問い合わせはニューロシューティカルズ社にて受け付けております。
http://www.nci-md.com/index.html

刺激カテーテル先端

カテーテル留置像

迷走神経刺激は、その多面的な効果機序を背景にさまざまな循環器疾患への応用が期待されています。

不整脈治療
迷走神経刺激が不整脈疾患に有効性を示した研究データは多く存在します。心室性不整脈の抑制効果は、循環器疾患における迷走神経刺激において最初に報告された応用例の一つです。Schwartzらの研究グループは、心筋梗塞により誘発した心室細動を迷走神経刺激で著明に抑制できることを報告しました(7)。Billmanらは運動トレーニングによって迷走神経活動を活性化させることで、同様に心筋梗塞後心室細動の抑制効果があることを報告しています(8)。また、房室結節リエントリー頻拍や房室リエントリー頻拍がバルサルバ手技や頚動脈洞マッサージで停止することを考えると、迷走神経刺激の効果が期待されます。

慢性心不全
2004年、Liらは、心筋梗塞後心不全モデルラットの生存率が迷走神経刺激を行うことで著明に改善することを報告しました(9)。その後、大動物(イヌ)を用いたさまざまなタイプの心不全モデルにおいても心臓リモデリングの抑制効果、左室収縮能の改善効果およびβ遮断薬との併用効果が示されています。
これらの基礎実験結果を背景に3社から植え込み型迷走神経刺激デバイスが現在までに開発され、それぞれにおいて臨床試験が実施されていますが、その結果は試験間で異なります。BioControl社(イスラエル)が開発したCardioFit®は、707人の慢性心不全患者を対象に平均16ヶ月追跡したpivotal試験(INOVATE-HF試験)では、患者QOLや運動耐容能の改善は認めるも、一次エンドポイントである全死亡や心不全増悪の減少においては効果を認めませんでした(10)。また、てんかん用迷走神経刺激装置を開発しているCyberonics社(アメリカ)のデバイスを用いて行なわれたANTHEM-HF(Open-label)では、60人の慢性心不全患者に右もしくは左頚部の迷走神経刺激を行ない、6ヵ月後の評価において左右ともにQOLや運動耐容能、LVEFの改善を認めました(11)。同臨床試験は、12ヵ月後までの長期経過を追跡したENCORE試験においても安全性と有効性の保持が確認されています(12)。慢性心不全における臨床試験で唯一の二重盲検試験であるNECTAR-HF試験はBoston Scientific社(アメリカ)のデバイスを用いて行われました。96人の慢性心不全患者を対象に、6ヶ月間追跡した結果、心臓リモデリングや心機能の改善といった有効性を示すことはできませんでした(13)。これらの結果から、現時点で慢性心不全の治療デバイスに迷走神経刺激がなり得るとは言いがたく、有効なデバイス治療に発展させるためには患者選択やデバイスの改良、刺激パラメタの再考などさまざまな要素が必要だと考えられます。

肺高血圧
我々は近年、肺高血圧症モデルラットに対して慢性迷走神経刺激を行うことで肺高血圧が改善し、同モデルラットの予後が改善することを報告しました。まだ検証事項は多く残されていますが、予後不良疾患である肺高血圧の新たな治療オプションとなる可能性があります(14)。

7: Vanoli E, De Ferrari GM, Stramba-Badiale M, et al: Vagal stimulation and prevention of sudden death in conscious dogs with a healed myocardial infarction. Circ Res 1991; 68: 1471-1481
8: Billman GE, Kukielka M, Kelley R, et al: Endurance exercise training attenuates cardiac beta2-adrenoceptor responsiveness and prevents ventricular fibrillation in animals susceptile to sudden death. Am J Physiol Heart Circ Physiol 2006; 290: 2590-2599
9: Li M, Zheng C, Sato T, et al: Vagal nerve stimulation markedly improves long-term survival after chronic heart failure in rats. Circulation 2004; 109: 120-124
10: Gold MR, Van Veldhuisen DJ, Hauptman PJ, et al: Vagus Nerve Stimulation for the Treatment of Heart Failure: The INOVATE-HF Trial. J Am Coll Cardiol 2016; 68:149-158
11: Premchand RK, Sharma K, Mittal S, et al: Autonomic regulation therapy via left or right cervical vagus nerve stimulation in patients with chronic heart failure: results of the ANTHEM-HF trial. J Card Fail 2014; 20: 808-816
12: Premchand RK, Sharma K, Mittal S, et al: Extended Follow-Up of Patients with Heart Failure Receving Autonomic Regulation Therapy in the ANTHEM-HF Study. J Card Fail2016. 22:639-42
13: Zannad F, De Ferrari GM, Tuinenburg AE, et al: Chronic vagal stimulation for the treatment of low ejection fraction heart failure: results of the NEural Cardiac TherApy foR Heart Failure (NECTAR-HF) randomized controlled trial. Eur Heart J 2015; 36: 425-433
14: Yoshida K, Saku K et al. Electrical Vagal Nerve Stimulation Ameliorates Pulmonary Vascular Remodeling and Improves Survival in Rats With Severe Pulmonary Arterial Hypertension. J Am Coll Cardiol Basic Trans Science. 2018; 3:657-671

開発メンバー紹介
朔 啓太
朔 啓太Keita Saku
九州大学
循環器病未来医療研究センター
助教
三池 信也
三池 信也 Shinya Miike
ニューロシューティカルズ社
代表取締役社長
砂川 賢二
砂川 賢二Kenji Sunagawa
九州大学
循環器病未来医療研究センター
特任教授
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